訪問診療をめぐる情勢
【アポロニア21】9月号 歯科医療は「今どこに」
座談会・高齢社会で生き残る歯科医療 より
一般的に、歯科医療需要は年齢とともに「M型」の曲線を描くとされている。小児う蝕治療、熟年期からの補綴治療、そして残存歯がなくなれば義歯調整程度の需要しかなくなる、というのがこれまでの歯科医療の姿。しかし、身体機能が低下しながらも天然歯を残す人が増え、高齢者自体の絶対数、人口比占有率が増加するなか歯科医院に来ることができないような高齢者にも歯科医療の手を延ばしていくことが、社会的にも求められ、また、それが歯科医療の新たな需要を期待させるものとなっている。編集部では、早くから大規模な訪問診療への取り組みを進めつつ、良好な経営環境を維持、発展させてきた2人の歯科医師にお集まりいただき、訪問歯科診療の現状と将来展望を語っていただいた。
•医療法人社団・郁栄会
デンタルサポート代表 寒竹 郁夫氏 Kantake Ikuo
•東京都開業
在宅支援研究会会長 波多野 一氏 Hatano Hajime
◆ 都市部へ集中する高齢者人口 ◆
Q. 訪問歯科診療への需要に地域性はあるのか
寒 竹:当初、千葉を皮切りに、東京、埼王、神奈川と、ほば反時計回りに「販路」を拡大しています。患者数としては、人口密度に比例して圧倒的に都内が多いのですが、患者の多いところでは、当然ながら競合する歯科医院、医療法人、企業の活動も盛んです。
地方都市を見ると、高齢者、特に独居老人は中心部に居住する傾向が顕著です。身体機能が低下するにつれて、都市部、中心部へと集まってくるのです。
大規模な介護ビジネスを行う企業が、地方都市近郊、郡部などの拠点を次々に閉鎖していますが、これは、高齢者の人口流動の傾向に沿ったものといえます。訪問歯科診療の需要においても同様の傾向が見られます。
波多野:私の診療圏は、現在のところ都内に限定されていますが、訪問診療の診療内容などに地域的な違いは見られるのでしょうか?
寒 竹:どのような地域でも、訪問歯科診療の診療内容別の割合にはそれほどの違いはないように思います。ただ、レセプト請求の上で、ある県では認められた請求内容が、別のところでは認められないということはしばしばあります。
◆「要支援」高齢者、なぜ口腔内が不潔か ◆
Q. 高齢者の口腔状態は要介護度と関連性あるか
波多野:訪問の現場で行われる歯科医療は、ケアから補綴まで幅広い領域をカバーするものですが、そのうち、嚥下性肺炎なと全身の影響から考えると、歯科衛生士による定期的な口腔ケアが最も重視されるべきでしょう。これをべ-スにして、患者さんごとの必要にあわせた処置を組み合わせていくことが重要だと思われます。全身の機能、客観的に示される指標しては「要介護度」が一般的ですが、これと口腔内の状態には関連があるでしょうか。
寒 竹:全身の運動機能、精神機能と口腔衛生の状態には、統計的な関連が、あるいは認められるのかもしれませんが、現場の観点からすると、個人差、それも要介護者本人ではなく、介護する側の能力、意識に大きく影響される部分が認められるように思います。
家族介護であれば、それぞれの家庭での介護力の違い、施設介護、在宅サービス利用者であれば、担当する介護職の意識、価値観に、口腔衛生の状態がかなり左右されるものといえるでしょう。歯科界としてはこの「意識」の部分を変えていく必要があるでしょう。
波多野:寝たきり高齢者に対して、口腔ケアを継続的に行っていく重要性はいうまでもありませんが、もうひとつ、臨床的に注目していることは、若干の歩行困難で、要支援程度の高齢者の方が、寝たきり高齢者よりも口腔衛生状態が不良であることが多いように思われることです。
理由として考えられるのは要介護度が高くなれば、それだけ介護サービスやケアサービスの時間が長くなるわけで、反対に、ある程度「自分でできる」領域が広いと判断される要支援の人に対して、特に施設などではサービス提供への時間配分が少なくなるためだと考えられます。
寒 竹:その点は、介護保険の制度上の矛盾点ともいえるかもしれません。また要介護度が重い人の残存歯数は少ない場合が多く、口控ケアがしやすいという側面もあるでしょう。
一部の施設などでは、食事が終われば義歯を外して清掃、水の中につけてしまうという、顎機能の維持という、観点からは、本来あまり望ましくない対応がなされているために、無歯顎者の口腔衛生状態が、結果的には「良好」となっていることもあります。
これは、施設入居者が入れている義歯の多くが、製作後かなり時間が経過してもメンテナンスされておらず、実際には「合わない入れ歯」を入れているため、「入れていられない」というのが実情ではないでしょうか。
◆“治療”からしかケアに入れない ◆
Q. 歯科治療と口腔ケアは整理されたのか
寒 竹:介護保険と医療保険の関係にかかわる制度の上で、口腔ケアを最初から選択することを保険給付の対象としては認められにくい性格があります。まず、医療保険の範囲で何らかの治療があり、その後本人の希望があれば、ケアの部分を居宅療養管理として介護保険で給付する流れになります。
波多野:介護制度本来のあり方からすれば矛盾するようにも思われるのですが、治療から入らないとケアの給付がありません。ケアから入ることができれば歯科衛生士だけで一貫したサービス提供を行うことが可能なのですが、このような制度の組み立て方によって、それができなくなっています。
穿って見れば、この“流れ”のお陰で介護保険でも歯科医師の“立場”のようなものが確保されたのかもしれませんが、訪問診療の現場としては繁雑なシステムであるに過ぎません。
寒 竹:介護保倹制度施行前に、口腔ケアの分野にも展開している営利企業がありますが、これらが最近になって伸び悩んでいるのは、この「治療からの連続性」の部分によるものと考えられます。
ケアだけ独立してサービス提供が行われ、介護保険の給付対象となるのであれば歯科衛生士の人材を確保するだけで済みますが、「治療から」ということになると、人件費コストの高い歯科医師を確保しておかなければなりません。
これは企業としては難しい問題なのではないでしょうか。
Q. 高齢者への口腔ケアはなぜ重要か
寒 竹:どんなに良い補綴物を設計して装着しても、患者自身のADLが低下してくれば、その補綴が使えなくなるときが必ず来ます。また、痴呆が進むにつれて義歯を「異物」として認識し、すぐに外してしまうということも知られています。したがって、将来的にADLの低下、痴呆の発生などが予測される場合は、積極的な補綴を選択するよりも、むしろ口腔ケアで経過を診る方が必要ではないかと考えています。
波多野:ADLの低下に加えて、加齢による下顎の後退が義歯の長期にわたる維持を困難なものにしています。つまり、高齢者の補綴が長持ちしないというのはある種、“必然的”なものということができます。保険点数の上で、補綴に重点を置くよりは、口腔ケアへの評価を高く設定することで、できるだけ長く口腔の機能、健康を維持していく方が、財政上も利点が大きいのではないでしょうか。
高齢者歯科治療の選択肢が“義歯だけ”というのでは問題があるでしょう。私は、残存歯かある限りは、固定性のプリッジで対応するべきではないかと考えています。
これには“咀嚼能力の維持のため”といった歯科医学上の観点だけでなく、特に施設で多く見られる義歯紛失のトラブルを未然に防ぐことなど“社会的側面への配虜”という面もあるのです。
ただし、このような固定性補綴物を選択した場合、口腔衛生状態を保ち、補綴を長持ちさせるため、定期的な口腔ケアか不可欠になります。反対にいえば、それだけのケア態勢が整っているから、固定性補綴を選 択できるといえるかもしれません。
◆訪問診療車を“診療所”と定義付けすると・・・◆
Q. 訪問診療車は“将来の姿”か
寒 竹:現在、私のところではポーダプルユニットをベッドサイトまで持ち込み、歯料診療を行なうことを前提としています。専用の診療車を利用することはありません。これには、制度上の疑問点が解消されていないという理由が横たわっているのです。
すでに診療車を「保険医療施設」として概念づけしている地域が出始めました。「診華車が診療所だ」として認めたことになります。診療車で往珍した場合、医療保険上、外来診療として算定されるということです。
これが、すぐに全国的な趨勢となるのかどうかはわかりませんが、将来的には、診療車での訪問診療は訪問診療の適用を受けられないことになる可能性があります。
診療車の取り扱いについては、厚生省でも日本歯科医師会でもさまざまな論義の対象となりましたが、統一した見解がまとまっておらず、地域ごとの解釈の違いが大きくなっている現状のようです。
そのなかから、診療車を“診療所”として位置づける考え方が広がってくれば、この問題についてもこれまでとは全く異なった方向へと向かっていくことが予測されるのてす。私は診療車を利用していませんが、それでも、施設などからの診療車での診療依頼が実際に寄せられたりしています。しかし、保険点救の低い「外来扱い」となれば、採算上の問題の発生が危惧されるのです。ただ、診療車を診療所とすることで、企業、法人の所在地のどこへでも出向いて歯科治療を行うことが認められるということにもなります。これまでは「健診」に限られていた分野が「診療」にまで拡大することを意味するものです。
波多野:私も、将来的に診療車での訪問診療では訪問診療料が算定できなくなる方向、全体的な訪問診療料の評価が現在よりも下げられる方向にあるのではないかと考え、現在のところ大掛かりな診療車の導入は手控えています。
大規模に老人施設に診療車で乗り付けて歯科診療を行っても、将来的には外来診療と比べて収支がそれほど変わらなくなるのではないか、という危惧があるのです。
ただし、新しく開業する歯科医師にとっては、期待できるものてはあるでしょう。新しく診療所を開設するよりも、診療車1台購入する方が初期投資、ランニングコストの両面で3分の1以下で済みます。
Q. 介護保険施行は訪問歯科診療に影響したか
寒 竹:介護保険制度が始まった4月前後を比較しても、訪問診療への需要傾向などにそれほどの変化があったとは思えません。むしろ、介穫保検にともなう一部負担の発生は利用者の理解を得られにくかったようで、患者の家族からケアマネジャーに苦情、質問が相次いだようです。
介護保険での口腔ケアで最大の間題となっているのが、この一部負担金です。医療保険の適用のもとでなされる口腔ケアと、介護保険の範囲で行う口腔ケアとを比較すると、介穫保険の方が高く、患者負担も高額になります。
医療保険の適用となれば老健の患者負担割合のみとなりますが、介護保倹制度のもとで歯科医師が月に一回の訪問を行うことで介護保倹一部負担分940円か純粋に発生してしまいます。
利用者、家族の側からすれば、どちらもほとんど変わらないサービスが提供されているのに、どうして請求金額が高くなるのかという疑間が沸くのです。利用者にとって「納得できない」制度のもとで、我々が提供するサービスに「納得してもらう」ためには、時間をかけて、より良い口腔ケアサービス内容を作っていくことしかないと思っています。
そのためには、歯科治療の延長線上のものではない、独立した口腔ケアの考え方、方法が必要でしょう。
|BACK|